横井小楠の住まい四時軒(しじけん)

四時軒の名前の由来
四時軒の風景
雪の四時軒の風景
徳富蘆花の「四時軒」付近の描写
童門冬二『小説横井小楠−維新への道を拓いた巨人−』の「四時軒」

四時軒の名前の由来

幕末維新の開明思想家としてしられた横井小楠の旧居 。

安政元年(1854)、兄時明がなくなったため家督を継いだ小楠は、翌年、城下から、この沼山津の地に移りすみ、四季の眺めを楽しめるというところから「四時軒」と名づけ、自らも沼山と号した。

小楠は、明治元年(1868)新政府の参与となって京都に向かうまで、ここで門下生の指導に当たった。その間に4度も福井藩に賓師として招請されたが、坂本龍馬らも彼の名声を聞いて四時軒を訪れている。

(熊本市「四時軒」案内板より)
 横井小楠記念館が併設されている。