横井小楠と出会った人々

幕末の人々 坂本龍馬 勝 海舟 吉田松陰 高杉晋作
熊本の人々 徳富一敬 内藤泰吉 横井大平 元田永孚
福井の人々 松平春嶽 由利公正 橋本左内
そのほかに 徳川慶喜 岩倉具視

由利公正

ゆりきみまさ(1829−1875)

小楠と、越前藩の財政改革を行う。五箇条の御誓文を起草。初名は三岡八郎。

小楠が、諸国歴遊の途中、越前藩で行った講義が小楠との最初の出会い。

小楠が、福井へ赴いた年、弟死亡の知らせで一時帰国することとなった。その時に、公正も同行し、大阪に至るまで毎夜小楠と酒を酌み交わし議論を行った。

小楠の、「財政改革は、緊縮財政ではなく、産業を積極的に興し、他藩や外国と貿易を行い、農民を豊かにすることによって、藩も豊かになる。民富めば国富む」の視点に共鳴し、物産総会所を設立した。商人より高い価格で、農民より生糸等の生産物を仕入れ、長崎での外国貿易で、藩に巨額の利益をもたらした。その一部で勝海舟・坂本龍馬に資金援助を行った。

慶応3年(1867)11月2日、坂本龍馬が由利公正を訪ねる。公正は、藩内の対立から、5年間自宅に幽閉されていた。用件は、財政担当の参与として、新政府への参加要請であった。龍馬と公正は、龍馬が福井の小楠を訪ねた時に、小楠が、当時川を挟んで住んでいた、公正を紹介し、3人で酒を酌み交わして以来の付き合いである。

龍馬は、11月3日に福井を立ち、京へ帰り、15日に暗殺された。

新政府に参加した公正は、「5ヶ条の御誓文」の原案を作成した。

1.庶民志を遂げ人心をして倦まざるしむるを欲す。
1.士民心を一にして盛んに経綸を行うを要す。
1.智識を世界に求め広く皇紀を振起せべし。
1.貢士期限をもって賢才に譲るべし。
1.万機公論に決し私に論ずるなかれ。