横井小楠と出会った人々

幕末の人々 坂本龍馬 勝 海舟 吉田松陰 高杉晋作
熊本の人々 徳富一敬 内藤泰吉 横井大平 元田永孚
福井の人々 松平春嶽 由利公正 橋本左内
そのほかに 徳川慶喜 岩倉具視

勝海舟

横井小楠は、勝海舟の海軍増強の理論的支柱

政治総裁職松平春獄の賓師である横井小楠と、軍艦奉行等を歴任した海舟は、親しく交際している。

小楠は、「国是七条」で、松平春獄を通じ幕府に海軍の増強を建議している。また、越前藩の、海舟に対する資金援助の斡旋も行った。海舟の海軍増強の最大の理解者であり、理論の支柱でもあった。

海舟は、小楠の最初の印象を「横井小楠のことは、尾張のある人からきいていたが、長崎ではじめに会った時から、途方もない聡明な人だと心中おおいに敬服した。おれが米国から帰った時に、彼が米国の事情を聞くから、いろいろ説明してやったら、一を聞いて十を知るというふうで、たちまち彼の国の事情について精通してしまったよ。」

海舟は、福沢諭吉らと万延元年(1860)に咸臨丸にて米国へ渡った。このとき、初代大統領ワシントンの子孫がどのような暮らしをしているかを、アメリカ人はだれも関心を持つていないのを不思議に思っている。

また、海舟は「おれは、今までに天下で恐ろしいものを二人見た。それは横井小楠と西郷南洲だ。」と述べている。

妹婿佐久間象山との比較では、「横井はなんの変った節もなく、人柄もしごく老成円熟していて、人と議論などするようなやぼは、けっしてやらなかったが、佐久間の方はまるで反対で、いかにもおれは天下の師だというように厳然とかまえこんで、どうにも始末におえなかった。」と、妹婿より小楠に好意を持っていた。