横井小楠と出会った人々

幕末の人々 坂本龍馬 勝 海舟 吉田松陰 高杉晋作
熊本の人々 徳富一敬 内藤泰吉 横井大平 元田永孚
福井の人々 松平春嶽 由利公正 橋本左内
そのほかに 徳川慶喜 岩倉具視

内藤泰吉医師

ないとうたいきち(1828−1911)古城(ふるしろ)医学校の開設に尽力。

熊本県南関町生まれ。嘉永元年(1848)小楠門弟になる。

文久2年(1862)、小楠の福井訪問へ同行している。

「安政2年(1855)、先生は『開国図説』により、いよいよ開国を主張さるることんなった。おれを相手に毎日、談がはじまる。昼飯をわすれることが、百日もつづいた。先生は兵法で話される。おれは医術をもってこれに応じ、大いに啓発するところがあった。」小楠は、内藤との議論をとおして開国論を確立していった。

小楠は、天然痘予防に種痘を広めるなど、西洋医学に関心を持ち、内藤泰吉ら医師の育成に努めた。明治4年、内藤泰吉は、寺倉秋堤らと洋医学を導入するために、古城医学校を設立した。

古城医学校で学んだ医師の中に、破傷風菌の研究で世界的に有名な、北里柴三郎がいる。

子供に『星の王子さま』(サン・テグジュペリ)の訳者、游・濯がいる。