小楠と小説「竜馬がゆく」

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司馬遼太郎の小説「竜馬がゆく」で、竜馬に小楠はどのように関わっているのか、まとめてみました。読みすごしもあるかと思いますが、ご指摘いただければありがたいです。

引用本 文春文庫「竜馬がゆく」 著者:司馬遼太郎 発行所:文藝春秋社 1999年6月第4刷

3巻

(P410)
竜馬と藤兵衛は、越前福井に入り、城下の大和町の「たばこや」という旅館に投宿した。
(中略)
「ではこの手紙をもって・・・・」
と竜馬は巻紙に筆をはしらせ、
「三岡八郎という藩士のもとにつかいに行って来い。屋敷は城下毛矢町の南はしにある。奉行役というから、すぐわかるだろう」

文久3(1863)年5月、竜馬は、勝海舟の遣いで、神戸海軍操錬所の資金援助を依頼するために越前福井藩の松平春嶽を訪ねる。
竜馬は、福井に到着後、当時福井に滞在していた横井小楠を訪ね、小楠が三岡八郎を紹介している。そして、3人で酒を酌み交わし、おおいに天下国家を語らった。
このときの交流から、竜馬は、三岡八郎(後の由利公正)を、新政府の参与に推薦し、実現している。

(P414)
八郎は子供のころから手習いや学習がきらいで百姓仕事ばかりしていた。
(中略)
そのかわり武術には異常に熱心で、槍は免許同然の腕があり、しかもこの百姓仕事できたえた天性の合理主義者は、自分のあみだしたリクツで独特の槍を発明している。
(中略)
この武術家は、武術に用いた自分の合理主義を、経済のほうに適用し、みずから工夫する一方、肥後出身の儒者で幕末でもっとも傑出した政治学者である横井小楠について、当時のいわゆる「実学」をまなんだ。

越前福井藩は、藩財政の建て直しに、小楠の教えをもとに、半官半民の貿易商社「物産総会所」を興し、百姓に資金を貸し付け、生糸などの生産を奨励して、長崎での外国貿易、北海道との商取引で大きな利益を上げていた。この中心人物が三岡八郎であった。
三岡八郎は、小楠が一時熊本へ帰国する際にも同行し、議論をするなどして小楠の教えを学び、実践した。