横井小楠ゆかりの地

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山伏塚

熊本市池田2丁目 NTT研修センター近く  地図

文久2年(1862)12月、「士道忘却事件」後、松平春嶽による肥後藩との交渉により、江戸から福井へ帰った小楠は、福井での役割を終えると、文久3年(1863)8月、熊本へ帰ってきた。

知らせを受けた門人たちは、熊本城まで3Kほどのところにある、山伏塚まで迎えに行った。熊本へ帰れば肥後藩の厳罰が待っている、門人たちは城下へ入る前に会い、切腹をすすめるために、山伏塚まで迎えに行ったのだ。ところが、当然に失意の中で、沈んだ様子で帰って来るものと待っていた弟子たちの前に現れた小楠は、陽気でにこやかであった。そして、城内に入った小楠は、肥後藩に帰国の報告を行った。

山伏塚は、加藤清正が、熊本築城の時に山伏を招いて地鎮祭と祈祷を行ったが、仕事が終えて帰る時に、秘密が漏れるのを恐れ、別れの宴を装って殺し、そのしかばねを葬ったところともいわれている。