横井小楠の「大義を四海に」

2人の甥の米国留学

横井小楠の2人の甥、左平太と大平は、坂本龍馬の2回目の「四時軒」訪問の時に、海軍の勉強をさせるべく、勝海舟の弟子として入門させていた。海舟が、軍艦奉行を罷免されてからは、長崎で語学を学んでいた。その甥2人を、米国へ留学させることになった。当時、外国への留学は莫大な資金が必要であった。徳富一敬、内藤泰吉らが費用の工面を行った。

送別の詩

慶応2年(1866)4月27日、佐平太と大平は、長崎から米国へ向かった。この時2人の甥に詩を贈った。

尭舜孔子の道を明らかにして
西洋器械の術を尽さば
何ぞ富国に止まらん
何ぞ強兵に止まらん
大義を四海に布かんのみ

東洋の思想を身につけ、西洋の技術を修得すれば、自分の国を豊かにしょうだとか、強い兵を持つ国にしようかではなく、世界の平和に貢献していけるんだ。

明治維新で開国するまで、まだ2年もあるころ、国内は、長州征伐だ、なんだともめていた時代に、小楠は日本の将来を、世界平和めざす国としてとらえていた。


ぎょう‐しゅん【尭舜】
尭と舜。徳をもって天下を治めた、中国古代の理想的帝王として並称される。

こうし【孔子】
(クジとも) 中国、春秋時代の学者・思想家。儒家の祖。名は丘。字は仲尼(チユウジ)。魯の昌平郷陬邑(スウユウ)(山東省曲阜)に出生。尭・舜・文王・武王・周公らを尊崇し、古来の思想を大成、仁を理想の道徳とし、孝悌と忠恕とを以て理想を達成する根底とした。魯に仕えたが容れられず、諸国を歴遊して治国の道を説くこと十余年、用いられず、時世の非なるを見て教育と著述とに専念。その面目は言行録「論語」に窺われる。後世、文宣王・至聖文宣王と諡(オクリナ)。(前551前479)

たい‐ぎ【大義】
・重要な意義。大切な意味。
・人のふみ行うべき重大な道義。特に、主君や国に対して臣民のなすべき道。

し‐かい【四海】
・四方の海。よものうみ。謡、高砂「―波静かにて」
・(「四海の内」の意より) 天下。世界。国内。太平記一「これより―大きに乱れて」
・〔仏〕須弥山(シユミセン)をとりまく四方の外海。

(広辞苑第4版より)